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初成約の喜びも束の間、、

いまだ会社で2本しか売れていないソフトを、
入社して3週間で販売した!

そんな優越感と自信を胸に会社へ戻った次郎三郎ですが、
帰社後に見た会社内の光景は信じがたいものでした、、

上司と先輩がまさかのリストラ、、

はやく上司やメンバーに報告したいと
意気揚々と会社へ戻ったのですが、何かオフィスの様子が変でした。

自分の席に戻るとバケツと雑巾をもった配属先の先輩1人と上司が、
机をきれいにし、身支度を整えている最中でした。

上司に初成約したことを報告すると、
返ってきた言葉は、

上司⇒「おめでとう。俺はやめるけど、おまえはがんばれよ。」

次郎三郎⇒「え!?」

急なことに、すごく驚きましたが、
さらに驚いたのが・・・

かなり大勢の開発部門の人たちが同じように、
机をふいたり、段ボールでものを運んでいたりしていた、
とのことでした。

引越しか?とふいに一瞬、
浮かんだこともすぐに打ち消すかのように、

「退職することになりました」

などと電話をしている社員を見て、まだ社会人になりたての自分には・・・
一体何が起こっているのか、、頭で整理できませんでした。

あとですぐにわかったことですが、
このASPを開発したものの投資回収のめどがたたず、
最終的に、ソフトの開発部署と責任をとらされた2課の上司や先輩も
自主退社ではなく、急なリストラとなったようでした。

当時は、それを聞いて、

「なぜ自分は残っているのか?」

ということが疑問でしたが、誰にもそれを言える環境もなく、
相談することもなく、ただ漠然とその事実を受け止めていました。

・・・初成約の喜びも複雑なものになりました。

入社1か月もたたずに、開発部門はほぼ解散。
40名から一気に半数の20名の組織になりました。

いきなり、そんなはじまりでしたが、
会社をやめるという選択肢はまったくありませんでした。

理由は単純なものです。
せっかく就職してすぐにやめるのは、

【格好がつかないため】

それだけは避けたい!という思いだけでした。

新しい上司は体育会系!

上司と先輩がやめた営業2課の新しい上司は、
社長の知り合いだという、バリバリの営業会社出身、
ゴリゴリの体育会系の人でした
。

自分よりも年上の後輩も2名採用され、
また5名で新たに営業1課として再スタートしましたが、
販売する商品は、変わりませんでした(笑)

この日から飛び込みではなく、会社に電話をしてアポイントメントをとる、
テレアポから訪問する営業手法がメインとなりました。

上司は営業に出ているとき以外は、
毎日のアポのノルマを課し、自席ではなく、
会議室に電話機をたくさんおいた別室のアポルームというものを設置、
1日2本アポをとれなければ、とれるまで自席に戻れない。

ノルマを達成できなかったら翌日は、
7時に出勤し8時からからアポ開始というルールを強いました。

【1日2本のアポであれば、楽勝でしょ!】

と思うかもしれませんが、
1日2本のアポ、これがなかなかとることができませんでした。

当時は50件以上かけて1件とれれば良いほうでした。
電話をかけてもほとんどがガチャ切りという状況、、

社名を言って要件を言おうとすると、
「結構です!間に合っています!」という言葉とともに、
「ガチャっ」と切られることがほとんどでした(泣)

一応、ITの会社なのに、
パソコンがない部屋で紙にびっしりつまっていた会社の電話番号リストを、
上から順になめて、電話をかけつづける日々。。

自分も7時に出勤したことが何度かありました。

ただ同僚のAさんだけは、アポがなかなかとれず・・・
毎日、上司から怒鳴られていました。

一度、営業先から帰社して、すぐにアポルームへ入った時に、
3日連続でアポが1本もとれなかったAさんは、受話器を耳にあてた状態で
、そのまま受話器と頭をガムテープでぐるぐる巻きにされ、
受話器をおろせないように、アポをさせられていました。

・・・まるでミイラ男のような感じです。

【年下の上司にいびられる部下】

この光景は、まさに、、
僕がイメージしていた営業そのものでした。

Aさんはその後、会社に無断で来なくなり・・・
そのまま退職しました。

「こうはなりたくない!」という恐怖心から、
がむしゃらに電話をかけつづけた記憶があります、、

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